田舎生活、文学愛好者の、心おもむくままの気まぐれな日誌。
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『淡路島文学』第13号 10月20日発行

 10月19日に印刷所から電話があって、雑誌『淡路島文学』第13号が刷り上がったと。
 さっそく受け取りにいった。
 北原文雄追悼特集号というだけに、226ページと分厚くて、これまでの最高ページ数。
 通常の同人だけの作品のページ数は145ページ。前号(第12号)の152ページよりも薄くなる。
 今回高齢で入院手術を受けたり諸種の事情で書けなかった同人もあった。
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# by mozar | 2017-11-11 21:59 | Comments(0)

淡路島文学第13号(北原文雄追悼特集号)編集作業終了

 9月末にようやく第2校修正版を印刷所に持ち込む。
 発行日は10月20日。後は本ができあがってくるのを待つだけ。

 経費を最小限にするために、持ち込み原稿はパソコンファイル(一太郎形式)一つ。
 220ページ余りの本を一つのファイルにするには、けっこう気を遣う。
 大切な作品にとんでもない間違いが生じたら、筆者に申し訳ないという思いがあるのだ。
 同人の原稿は電子ファイルで届き、校正も同人自身が行うので、間違いがあったら、自己責任とすることができる。
 今回は、同人以外の外部原稿が30件届いている。生前故人と関わりのあった人たちに追悼原稿(エッセイ)を依頼したのだ。それについては、手書きかワープロ打ちの原稿が届き、それを編集者(自分)がパソコンに打ち込む作業が必要である。ワープロ打ち原稿は、手間を省くためにスキャナで読み込んで、OCR処理して文字情報に変換する。最近はOCR処理がずいぶん正確になっているものの、とんでもない誤読が生じる。「ヨーロッパ」が「ヨーロッハ」になったり、「ちょっと」が「ちょつと」になったり、「訃報」が「計報」になったり。
 その誤りをを全部発見して訂正するのはなかなかである。何度か見直してもまだ新たなミスが発見されることよくある。
 原稿を寄せていただいた人はみな日頃から各々の社会で「文章で生きてきた」人たちなので、それ相応の敬意を払う必要があると感じるのだ。
 しかし、できるかぎり気をつけるにしても限りがある。今は「えいや」とばかりに見限って、間違いがあればごめんなさいと覚悟するしかない。
 9月末に最終校を終えて、今は雑誌現品が到着するのを待つだけである。
 今苦慮しているのは、配本の仕方である。同人への配本もあるが、これまで北原さんは、報道関係や同人誌批評サイト関係や、全国各地の同人誌発行者など、かなりの数を贈呈してきていたようで、その送本作業をどうするか、またその送付文をどうするかという問題。
 当面、決めなければならないのはそのことである。自分一人の独断で行えるのならそれも楽だが、共同編集人となっている松下氏、発行人の三根先生の意向も無視できないだろう。
 発行まであと1週間あまりあるから、そのことをどうするか考えることだ。



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# by mozar | 2017-10-09 21:36 | Comments(0)

『淡路島文学』第13号の編集作業

 昨年(2016年)8月25日にわれらの同人誌『淡路島文学』第12号発行。
 発行後まもなく(9月14日に)北原氏の急逝の報せが同人の1人から電話であった。くも膜下出血……唖然……
 北原氏は、長年勤めた県立高校教職を退職したのを機に本誌を立ち上げて、創刊以来ずっと編集発行作業を牽引してきた。
 記憶がはっきりしないが、この報せを聞いた前日だったか、実は、洲本の街中を車で通りながら、街路に北原さん(あるいはよく似た人?)を見かけ、あれ? 北原さんではないか? 別人かも知れないけれども、よく似ているな、と思いながら、追い越していった。
 洲本のイオン店から弁天さんのほうへ通じる道の途中で、車で通りすぎながら、その道を歩いて弁天さん(厳島神社)のほうへ向かう男性を見かけた。北原さんに似ているな、いや彼その人ではないか、と自分は何となく思った。最近は町内会関係の諸役があって、いろいろ大変なことは見ていたことだし、非常に几帳面な人だったが、多忙のなかでかなり麻痺しているところもあると見受けられるところがあった。この日たまたま見かけたこの人物も、たしかに北原さんに酷似していたけれども、ひどく弱っているような印象を受けた。
 記憶ではたしかメガネをかけていて(彼は通常メガネをかけなかったと記憶するが)、最近はメガネをカケルこともあったようなのだ(本当?)。
 北原さんの訃報を聞いたのはそんなことがあって間もなくだった。
 
 同人の1人、北原さんと同じ町内に住む同人誌のメンバーのU※※さんから電話がかかってきた。
 自分にとっては、北原さんは文芸同人雑誌の同人である前に、地域の町内会の地区連合仕切り役だった。彼はそちらのほうで、重要な役を引き受けていて、彼が欠けたなら、町内会地区連合の後継者を選ばなければならない。その役が当方に回ってくる可能性がある。それはできる限りさけたい……結局それは避けられたのだったが……

 10年間、10か月に1冊のペースで順調に発行されてきた。

 この同人誌発行を牽引してくれたのが北原文雄氏で、彼は2006年、多忙を極める県立高校の教師を退職してから、地元淡路島で、ぜひ同人誌活動を再開したいと、「書きたいと思っている仲間」を集って、『淡路島文学』創刊にこぎつけたのだった。

 (こう記すうちに、午前4時になってしまった。もう寝ないとまずい。明朝は人がくることになっている。とりあえず、仮「掲上」しておこう。そのうちまた適当な形に書き換えることができるはず。)
 




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# by mozar | 2017-09-24 04:10 | 地域の活動など | Comments(0)

肩肘張らず「気軽に」発信しようという考えに

 実のところ、4月から町内会長役から自由になって、気楽になれるはずだった。
 町内会長役をT氏が引き受けてくれるという提案を受けて(まさに取引き)、「渡りに船」とばかりに、寺総代という役を受けたのだった。
 というのもそのとき、T氏のもとに寺総代役が持ち込まれていて、T氏は町内会長も経験しない身では、と固持していた。それで彼から自分のほうへ、町内会長を引き受けるから、寺総代を引き受けてくれないかと打診があった。それに当方は、町内会長を退けるならと喜んでと、乗った。
 その寺総代役が、本年になって、自分にとってとんでもない重荷として被さっている。
 いろいろ騒動があった後、住職が意欲的な若い人に代わって、高野山への参拝行事などをはじめた。それには一定の数の参加者を集める必要がある。
 上内膳は3町からなり、里からは参加者が4人しかなかった。尾筋、大森谷はそれぞれ12人以上集めたようだ。自分にはとてもそれ以上集める事が出来ない……若い住職にそのことを申し訳ないと報告する。
 この行事は毎年計画すると住職が宣言している。
 来年はもっと参加者の確保が困難になり、里は今年よりも少なくなる可能性がある。
 それを思うと、不安と苦しみが高まるばかり。





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# by mozar | 2017-09-14 23:54 | 雑件いろいろ | Comments(0)

『淡路島文学』第13号の編集作業

『淡路島文学』は、2007年4月に創刊号が出たあと、もっぱら北原文雄さんの主導により、昨年(2016年8月)第12号を発行するまで順調に続いた。
 12号発行の直後、同人誌発行を牽引してきた北原文雄さんがくも膜下出血により急逝。
 北原さんのあとを引き継いで、発行事務を続けていく人がいるだろうか。
 いよいよ当誌も今回で終わりではないかと自分などは懸念した。
 とりあえずは続けてみようという意見が優勢で、それではいったい誰が編集・発行の事務を引き受けるのか。
 当然のこと、自分のほうへと役割が回ってくる。自分は北原さんのような真似はとてもできない。編集作業ならこれまでにも手伝ってきたのでできるが、会を主導する役割は……と、注文をつけた。
 北原さんのお通夜と葬儀は昨年9月に行われたが、実に驚くべき数の人々が参集した。
 会場の駐車場からあふれた車が、駐車場裏の狭い通路にずらりと並んで駐車することになった。
 その少し前にわがやの隣のMさんの葬儀が同じ会場であったとき、人数が葬儀会場に収まりきれずに、あふれた人々が廊下やロビーに並んでいて驚いた。
 このたびの北原さんの場合は、それにさらに大幅に輪をかけた人々が葬儀に参列してきたようで、彼が係わってきた人々の数の多さ、その範囲や規模の大きさをいかんなく偲ばせた。

 『淡路島文学』第13号には、同人の原稿募集はもとより、北原文雄追悼特集号として、故人と親しかった同人外の人にも、短い「追悼文」を依頼した。
 その追悼文が30件も届いた。結果として220ページを超える大部の冊子に。

 今回は追悼号で特別。

 発行予定日は10月20日。今はひたすら校正(初稿)を待つ身である。
 ほかに一つ重い悩み(重荷)を抱える身である、そんな状況のなかで、編集発行などは、気苦労があっても本当は気楽で楽しい苦役なのだけれども。










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# by mozar | 2017-09-14 01:00 | Comments(0)

ありし日の風景 ――我が家の生き物たち――

こんな画像――


 猫のネネちゃんです―― 
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  猫のムサシです――

 
      窓の外に何があるのかな? 

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 犬のユキちゃんです~

   毛色の白い柴犬のユキちゃん
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   幼少期の
ユキちゃん
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 ある時期にはこんな光景も

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    こんな光景も見られました。

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# by mozar | 2017-02-21 01:59 | 田舎の風景、写真 | Comments(0)

冬眠(?)する青大将

 昨年末に、暮れもおし迫って、ようやく家の橫の溝の掃除を始めました。
 ずっと片づけようと思いながら、忙しさを口実についずるずると取りかからないできました。
 片付けることはほかにもいろいろあって、あれこれあるのを意識しながら、どれにも手をつけないままついダラダラと過ぎてきたということもあります。
 溝掃除というのは、びっしりと一面に伸びて茂ったた草を取り除くことです。
 溝といっても、農業用の水路で、普段は水がほとんど流れていません。
 溝の橫は田んぼで、伸びていく草を見るたびに、伸びないうちに早めに片づけようと思い思いしていたのです。そのうちに草はずいぶん背も高くなり、いよいよ片づけようと思いながら、それでも取りかからないで年末になってしまったのです。
 冬が近づくと、草が枯れておりました。隣の田の持ち主が、何かのついでに見かねて除草剤を散布してくれたようです。
 おかげで相当伸びた草が簡単に引き抜けました。枯れていなかったら根に泥が大量についてくるので、運ぶのも大変なのです。
 溝の底の枯れた草をずっと引いていくと、こんなものに出会いました。
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 ええ? バッタ? 12月も終わりに近い時期で、色もあせていて、ひ弱な感じで、人が近づいても動きません。たしかにこの冬は寒さ厳しいときもありましたが、昔の12月に比べると、そう厳しくもないようです。
 さらに進んでいくと、抜いた草の下にこんなのがいました。
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 こちらもひ弱に色あせていて、まったく動く気配もありません。
 さらに草を取り除いてみると、蛇は水路の底に取り残されてしばらく動きませんでしたが、やがて水路の橫のコンクリートを登りはじめ、田んぼの草の上に落ち着きました。
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 思案した末に、草ごともちあげて元の溝にもどし、枯れ草でその上を軽く覆いました。
 溝のその部分だけ、草が残った形です。
 さて、その後どうなったことか。


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# by mozar | 2017-01-30 21:25 | 田舎の風景、写真 | Comments(0)

K※※君がなくなった(学生時代からの朋友)……

 以前からよくなかったのだ。いろいろ書くことはあるだろうが、落ちついて書く余裕がない。
 今はとりあえず、日記からのコピー記事を掲載。

 12月11日(日)日記から
法事に出かける前に電話3件

 町内会長をしていると、電話や玄関のチャイムが鳴るたびにとても不吉でイヤな予感がする。たいていの場合何でもないこと(たとえば押し売りの類とか)で終わるのだが。……

K※※君が亡くなった

 電話に出たとき、受話器の持ち方が悪かったのか? 相手の声が小さくてほとんど聞こえない。一瞬これは困ったと戸惑っていると、「主人が亡くなって、葬儀も終えて……」という女性の言葉。「え? どちら様ですか」「K※※の……」という言葉が耳に入った。

 え? K※※君……

 その言葉を耳にするとただちに事情が知れた。何と言っていいのか、とっさに言葉が浮かばない。

「あ、そうですか。それはどうも」という程度のことばしか。

 自分はいろいろな事態にいつもこういう言葉足らずで不十分で失礼に当たるかもしれない対応を繰り返してきたのだ。

 K※※君が亡くなったことで、香典などどうすべきか、自分ながらよくわからない。大学時代からの親しい友人なのだから(最近までも会う機会があった)、香典くらいしないのは冷たすぎるのではないか。しかし、香典といっても幾らしたらいいのか、どういう形ですればいいのか。……

 K※※君は先日「淡路路島文学第12号」を送ったとき、とても好意的な(励ましを含んだ)提言文を寄せてくれた。その文面には同時に近来の彼の深刻な病状(極めて苦しい状態)を(苦笑を装いながら)率直に記していて、死亡の報せがあったとしても不思議ではない状況だった

 その後繰り返しK※※君のことを思った。

今年は9月に隣家のMYさんが亡くなり、相次いで文学同人誌「淡路島文学」仲間の北原文雄氏も(まさかの突然に)亡くなった。その直後同人誌を京都のK※※君に送ったが、北原氏の遺志を継ぐためにも同人誌を続けるべきだという励ましのハガキをK※※君からいただいたばかり。

 そのK※※君の訃報がいま12月に届いた、というわけだ。


淡路島文学、松下氏からの電話

 K※※君の奥さんから電話があった少しあとまた電話がかかってきた。何だろうと出ると、淡路島文学の松下氏。

 年末に打ち合わせ会をするといっていたが、忙しくてできなくなった、年明けに新年会をしたい、と。

 先日の例会で「淡路島文学」の事務を当方が引き受けるべきところ、現役の高校教師で多忙な松下氏に押し付ける形になった。それに後ろめたさもある。


 考えてみると、2016年は、北原文雄さん、K※※君を失った。長い間文学の上で個人的にも関わってきた友で、今思うと自分にとってどちらもとても重大な存在だった。そのことを痛感するところ。

 



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# by mozar | 2016-12-31 22:25 | 雑件いろいろ | Comments(0)

夕暮れの雲(2)

   夕暮れの雲(2)

 エル市のスーパーマーケットで夕食用の食品などを買って駐車場のところへもどってきたとき、後ろから名前を呼ばれた。
「コンノさん」
 ふり返ると、元同僚の女性ナミカワさん。すぐ近くにあった軽トラックの運転席から同行らしい男性が出てくるところで、どうやらご主人のようだ。彼女は僕よりも二年ほど早くエルエムエヌ社を定年で退職した。それ以来の出会いだった。彼女は当時庶務を担当していて、在勤中はいろいろ接点があって、言葉を交わすことも多かった。ざっくばらん、ちょっと八方破れの性分の女性で、話しやすかった。
 エル市のこのスーパーは、僕の住む町からも彼女の住む町からもかなり離れていて、どちらにとっても日常生活圏外。僕は用があって来た帰りに、以前ときどき入ったことのある店に寄ってみたのだった。店の一角に回転寿司屋があっておいしいという妻の好みで、ある時期家族で遠路よく出かけてきたものだった。わが家の近所にも同じ系統の回転寿司屋があったが、そちらについて妻の評価はよくなかった。あのころは子どもたちもまだ小学生や中学生だったし、自分も妻もまだ若かった。
「久しぶりやな。こんなところで出あうとは?」と僕。
「新聞広告見て、ここの店が安売りしとったから出かけてきたんよ」とナミカワさん。「このごろは新聞のビラを見てなるべく安い店を回るんよ。コンノさん、見たところお元気そうで。毎日どないしとるで?」
 どう答えたものか? ちょっと考えてから、とっさに、
「ああ、まあ、ボツボツやな」
「仕事のほうは?」とナミカワさん。
「仕事はしとらん。退職してからブラブラや。うちは奥さんが働いてくれとるからな。ナミカワさんも元気そうで。なるほどそうか。車があったら、けっこう遠くまで買い物に行けるもね」
 そういえば、最近は自分も毎日の食料品を買うときなどに、ずいぶん値段に敏感になっていることに気づくのである。以前はどこのスーパーでも同じだろう、多少のちがいはあってもたいした差はないはずと考えて、とくに気にしていなかった。いちいち値段を考えてあれこれ比較するのは面倒だし、そんなことに細かく目配りするのは笑いもの、という思いもあった。
 ところが近年はなるべく安いものを探し、似たようなものが陳列棚に並んでいると、必ず安い方を選ぶ自分を見出すのである。AスーパーとBスーパーで豆腐やうどんや食パンの値段がちがっているのに気がつくと、あ、ここのうどんは四十八円。Aスーパーはたしか三十八円だった。うどんはなるべくAスーパーで買おう。一度安い値段を知ってしまえば、高い方を買ったら損するような気になるのである。そのうちある日気がつくとBスーパーのうどんも三十八円になっていた。こういうありさまではデフレが続くのももっともだ。安いのは消費者にはいいことだが、値下げ競争になると、企業にとってはどうなんだろうか、と考えたりする。企業は従業員をかかえていて、給料が目減りするのではないか。雇用が厳しくなるのではないか。消費者の主な部分は、給与で生活する人たちであるのだから。
 実のところ経済のことはまったくの素人でわからない。ただ、退職してからわからないながらに経済のことにも興味を感じるようになった。テレビのニュースや報道番組で経済の話がでてくると、興味を惹かれて、かじりつきで見るようにもなった。書店で経済についての本を見かけて、発作的に買ってしまうことも多くなった。読むと分からないながらに「なるほどなるほど」と思うところもあってそれなりにとても面白い。その面白さはまあ娯楽といっていい程度のものにすぎないもので、基本的な知識がないので、いろんな主張に刺激されて右往左往しながら、すぐに忘れてしまう性質のものなのだ。
 若いころは経済など見向きもしなかった。もっぱら文学に関心を向け続けてきた。これが進化であるのか、退化であるのか、という点になると、何ともいえない。
 片田舎のわが町にも大型の店舗が次々できて、手軽に車で行ける圏内にスーパーが五店舗もある。買いものはたしかに安くて便利になった。その分昔からあった小売り商店がいくつも消えていった。ナミカワさんの住む村はわが町よりは田舎で大型店が一つしかない。そういう村の店は、厳しい競争がない分、品物の値段も比較的安くなっていないのかもしれない?
 最近は、経済のグローバル化の影響か、ものが実に安く買えるようになった。何か必要な品物があればまず百円ショップにいくのだ。百円ショップだけではない。田舎の町でもいろんな種類のドラッグストア、大型の店舗が各地に次々とできている。人々は格安で買えるという評判の店を選んで買い物をする。
 僕はふと思い出してナミカワさんにいった。
「納豆が一つもなかったよ。納豆のコーナーに豆腐ばかりいっぱい置いてあって」
「ああ、このまえテレビであったな」とナミカワさん。「納豆食べたらやせるとか健康になるとかいう番組。あれから納豆が店にのうなってしもて。いつかもココアが店からきえたことがあったけど、あれとおんなじやな」とナミカワさんは笑って、向こうで待っているご主人の方へ目をやりながら、「あ、それじゃまた。買いものしてくるわ」

 正月明けのテレビ番組で、納豆の効用と食べ方が紹介された翌日から、納豆が店頭から消えてしまった。一日二パック、朝と夕方に食べると、二週間で体重を減らせるだけでなく、血管の若返りにも効果てきめん。中性脂肪を燃やす効果がある。DHEA、イソフラボン、ポリアミンとか。……
 何日か前にも、納豆を求めてAスーパーへ行った。いつもの納豆コーナーは豆腐で満たされていた。朝方は買えるが、昼になるともう納豆はないようだった。
 多分、午後の四時頃にもう一度補充されるのではないかとにらんで、その時刻にAスーパーにいくとはたしてあった。
「一人二束、六パックまでにしてください」と繰り返しスピーカーの声が言っている。それで控えめに一束(三パック)を買い物かごに入れて、それだけでは納豆目当てに来たことが見え見えなので、ついでにハムとちくわと食パンとソーセージを買い物かごに入れた。
 それから近くのBスーパーでも納豆を買おうともくろんでいくと、納豆はなく豆腐ばかり。ついで少し離れたCスーパーへ行ってみたがそこでもまったく同じだった。それで、もうなくなっているかもしれないと思いながらもう一度Aスーパーにもどってみると、まだ少しあった。今度は納豆二束を買い物かごに入れて、ついでにまたジュースとかチョコレートとかを買うはめになった。
 このところ歯が一、二本ぐらついていて、納豆さえも固いと感じる状態。食べると歯が折れそうな気がする。納豆は学生時代に知ってから嫌いでなかった。納豆を朝と夕に一パックずつ食べ始めてから効果が出てきたのか、たまたまほかの理由でそうなったのか、日一日と少しずつ体重が減ってきたのは事実。この二日間、納豆を買いそびれて摂取を欠かしていた。

 いつかも居間でだらだらしながら、前日にタイマー録画したテレビ番組を見ていたのだった。家森幸男さんという名の知られた予防栄養学者が長年にわたり世界各地で調査研究を重ねてきた結果、人間の長寿についていろんなことがわかってきた。中でも長寿・低血圧の中国貴陽の食生活のことが話題に。
 貴陽市は石灰岩などのカルスト地形で稲作には向かない土地柄で昔から大豆やトウモロコシを主食としてきた。日本の豆腐の原産地ともいわれ、様々な大豆食品を日常的にいろんな形で食してきた。大豆の加工食品も豊富。豆腐を野菜といためる料理、セロリ入りの麻婆豆腐、厚揚げのような焼き豆腐など、大豆を日常的にふんだんに食べる食文化がある。日本と同じような糸引き納豆まであったということだ。
 そんな話の中で、番組では納豆に焦点があてられ、一日朝夕二パックというおすすめがあり、司会者の話術が強力で巧みだったせいもあるのか、視聴者の心に深く印象づけられ、町のスーパーから納豆が消えるという事態が生じたのだった。

 夕方、車で帰宅するとき、西の空にとても太い雲が二筋横に長く続いていた。あんなに長く太くまっすぐに横に続く雲は珍しい。低い山に沿ってずうっと伸びていて巨魁という感じだった。雲と山とのすき間にわずかに薄色の夕焼け空がのぞいていて、長い二筋の上にも一つ雲の塊があって、全体として北から南へと少しずつ動いていた。このところ寒くなったり暖かくなったりしながら冬が通り過ぎていく。今日は暖かく風も少なくていい天気だったな、だけど北から南へと濃い黒みを帯びた大きな雲が動いているのは、大陸からまた寒気が運ばれているのだろうかとも思われるのである。
 西の方には比較的低い山並みがある。西から北のほうへ目を転じると、そこは見事な山峡(やまかい)になっていて、北の高い山の裏側にある村へと峠越えの道が続いている。むかし山の向こうの村からわれわれの町の高校まで、峠をバスや自転車で通ってくる生徒たちがあった。自分も何度か自転車で坂道を越えトンネルをくぐって、その村まで行ったことがあった。下から見るとその部分が大きな湾状になっていて、夏になると、夕日が周りの空を染めながら、ちょうどその湾に沈むのだ。近景には土手や小工場の古びた建屋や民家などが見え、向こうには丘の茂みがいくつか連なっている。
 何でもないことだが、日々目にはいる周囲の風景が珍しいものに感じられる。たとえば車を運転しながら道路を進むとき、前方に電柱が並んでいる。電線がずうっと通っている。ところどころに樹木の茂みがある。家がある。そんなごくありふれた光景までが視覚の喜びとなるのだ。
 ずっと遠くの山や空からすぐ近くの家や道路までのあいだに、いろんな遠さでいろんなものたちがある。この空間の広がり。ずっと遠くからすぐ近くまで。〈見える〉ということはなんと素晴らしいことだろうかとつくづく感じるのである。
〈見える〉ということは、目を通して外界から入ってくる光の刺激を脳神経組織が自動的に処理して、見事な立体像を作りあげているわけだ。自分の中には今のところまだその力がある。今のところまだ自分は〈見る〉ことができる。その意識自体に歓びの源泉があるのかもしれない。  
                        (了)

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# by mozar | 2016-10-15 00:31 | 小説作品 | Comments(0)

夕暮れの雲(1)


 夕暮れの雲 (1)

    (平成28年8月、同人誌「淡路島文学第12号」掲載作品)

 今朝方目が覚めたのは七時半くらいだったか。起床は七時五十五分くらいだったと記憶する。
 昨日遠山家のお爺さんが亡くなったという報せが電話であって、葬式は明日だという。八十歳台半ばを超えていて高齢だった。二年ほどまえにお爺さんが運転していた軽トラックが塀に激突して、助手席に乗っていたおばあさんが亡くなった。お爺さんは命をとりとめたが大けがしていて大変な有様で、もう助からないだろうといわれながら奇跡的に助かった。
 昨年おばあさんの三回忌法要があったとき、おじいさんは見たところ思いのほか元気そうだった。当方に気づかいをみせて話しかけてくれたりもした。
 遠山家は昔ながらの農家で、お爺さんの息子は長年地元の大手家電店に勤務して、つい最近定年退職したばかり。

 今朝方起きてからすぐにまずパソコンに向かった。とりあえずインーネット閲覧にとりかかったものの、睡眠不足のせいもあってすぐに頭が疲弊してきて(いつものパターン)、再びベッドに横になって頭を休めることに。どうもこのところ何となく気分がよくない。アルコールを減らさなくてはいけないのではないか。いつも真夜中に飲み始めて、朝目が覚めたときには、いつベッドに入ったのかまったく思い出せないのだ。
 若いころは酒が飲めない体質で、コンパのときなどビールを少し飲んだだけで気分がどうしようもなく悪くなって、苦しんだ末に吐くこともよくあった。年を重ねるにつれて少しずつ飲めるようになり、酒を買ってきて家で飲むようにもなった。やがて、いつからか、一杯目を飲んでも酔いが感じられなくなって二杯目を飲む。二杯目でももの足りなくて三杯目に行く、ということになった。。
 家族は心配ごころから、常習的にお酒を飲み続けると〈脳細胞が破壊〉されて認知症になるからやめるようにと言う。日常生活の上で僕がちょっとした失敗をすると、「ほら認知症が進んできた、最近ほんとうにおかしいよ」と言いたてる。いずれ遠くない将来に認知症の家族を抱えた場合どんな大変な負担が生じてくるか、本気で心配しているのである。

 このところは自分でも、飲む量をセーブしようという考えから、一気に酔わなくてもいい、少しずつでいいと自制するようになっていて、物足りない感じはあるものの量はたしかに減っている。朝目覚めたときの感じからもそのことがわかる。
 不思議なことに自分の場合、飲む時間は夜中の十一時ころからの時間帯に限られていて、朝も昼も夕方の時間も飲みたくならない。まさにパブロフの犬で、夕方テレビを見て本や新聞を読んだりしたあと、入浴をすませ食器洗いを終えて、真夜中がきてパソコンに向かおうかという時間帯になると、俄然飲みたくなるのである。酒の味そのものはどちらかというと不味いといってもいいかもしれない。ただ酔い心地がいいのだ。朝になって起きてみると、何杯目かの焼酎の水割りコップが飲まれないまま机の上に残っていて、いつ寐たのかまったく記憶がない。それでも最近は飲む量はずいぶん減っている。といっても健康にとって可とされる量より多いことにはちがいない。

 えーと? 何の話だったっけ? そうだ。遠山家の爺さんの法事の話だった。どうして酒の話になったのだろう?
 自分の毎日の思いや行動には、ずいぶん出まかせで場当たりなところがあるのではないか、という感じを普段からもっていて、それで、試みに今朝方の自分の行動をあとでふり返ってパソコンでメモしてみた。そうすると、自分の日ごろの行動パターンや、思っているほど理性的ではない姿が、目に見えてくる思いになった。その場その場で行き当たりばったりに脈絡なく頭に浮かんだことを次々と行っていく。何かをやり始めながら、たまたま目の前に現れたものを追いかけて、直前にやろうとしたことをすっかり忘れる。

 パソコンのメモ。《今朝方目が覚めて起きて、パソコンに向かってインターネットで最新の世界のニュース記事などをあれこれ閲覧チェックするうちに、睡眠不足感が残っていることもあって気分がよくない。もう一度ベッドに戻って少し寐た。十五分ていどでやや頭が落ちついたので再び起きる。明日法事に行く準備をしておかなくては。喪服、カッターシャツ、ネクタイはどこにあるのか。確かめておかなくては。

 まずは、とりあえず、カッターシャツを自室の衣服ケースの引き出しからとりだす。いつか洗濯してそのまま引き出しに入れてシワだらけのまま。アイロンをかけなくては。台所へ行って押し入れからアイロンをとり出し、隣の居間へもっていって、アイロンのコード(プラグ)をコンセントに差し込む。アイロンが熱くなるまでしばし時間がかかる。そこで喪服はたしか二階の洋服ダンスにかかっているはず、と階段をあがって二階に向かう。二階に喪服はなかった。はて?…… あ? そうか。離れ座敷の古い洋ダンスだ。以前それを〈離れ〉へ運んで、せっかくだからそこにも衣類を保管することにしたのだった。

〈離れ〉の洋ダンスにも喪服はなかった。おやおや? どうしたのか? ちょっとパニック……、場合によっては新しいのを買わなくてはいけないかという考えが頭にひらめく……

〈離れ〉をたち去るとき、そこの入り口付近にある灯油タンクが目についた。予備の灯油をそこに保管してあるのだ。あ、勝手口の灯油タンクが空になっていた。補てんしなくては。これまで何度かそうしようと思いながらそのままになっていた。
〈離れ〉から灯油タンクを下げて家の勝手口にもどり、空になったタンクと置き替える。空のタンクはとりあえず横に置いておいてついでのときに片付けよう。あ、そういえばたしか昨夜家族が台所のストーブの灯油が切れたといっていた。さっそくそのストーブの油タンクを取り出してきて補給する。

 そのとき一つ買い物を思いついた。品切れになっていてぜひメモしておかなくてはと思う。どんなに明白なものでもメモしないとすぐに忘れるのだ。しかしメモ用の手帳はここにない。いつもポケットに入れておかなければと思っているのに。手帳をとりに自分の部屋の方へ行く。その途中廊下でもう一つの買い物を思いついた。これもぜひメモしようと肝に銘じつつ、玄関横を通るとき、下駄箱の上に置いてある書類が目に入った。郵便を受け取っていずれ処理しようと思ってとりあえずそこに置いて、その後何度も目にしながらそのまま過ぎてきたものだ。なんだったっけ? 確かめようと拾いあげてみる。介護保険料の納付書。いつか外出するときもって出ようと思って置いたままになっていた。見ると納期限が過ぎている。といってもあわてることはない、直接市役所窓口で払えばいいのだ。納付書をもとの位置に置き戻し、それから自分の部屋へ入ると、パソコンの横に手帳があった。買いものメモを記そうと思ったが何を買うのだったか思い出せない。二つあった。たしか……食料品だったか……日常的なごくありふれた何かだったはず……醤油でもない、マヨネーズでもない、たまごでもない……ティッシュペーパー?……ちがう……はて? 何だったか……いくら思いめぐらせてみても思い出すすべはない……

 まあいいか、そのうちに思い出すだろうとあきらめて、手帳をジャンパーのポケットに入れて自室書斎を出ようとしたとき、片隅の壁にかかっている服が目に入った。あ、喪服。こんなところにあったのか。肩や袖のあたりにほこりがつもっている。黒いネクタイもいっしょにあった。

 アイロンが居間でつけっぱなしだったことを思い出して、急いで居間へ行く。アイロンは熱くなっていた。が、特に問題はない。カッターシャツにアイロンをかける。こちらはけっこううまく行った。
 アイロンをかけ終わったとき、玄関のブザーが鳴って近所の町田さんの奥さんが回覧板をもってきた。回覧板を受けとって、町田さんが立ち去ったあと、玄関周辺に溜まっている木の枝や葉っぱ(風に吹き寄せられてくるのだ)が目についた。片づけなければと普段からいつも思っているものだ。
 そこで、少々ゴミ類を片付けようと、玄関のサンダルをはいて箕(み)かごをとりに裏庭の方へ回る。と、干しかけていた洗濯物のカゴが目についた。あ、そうだ。今朝方洗濯を干そうと裏庭に出て干すうちに、何だったかほかのことを思いついて、物干し作業を中断して、そのままになっていたのだった。

 洗濯干しを片付けたあと、裏の勝手口から家に入ってサンダルを脱いだとき、「おや?」と思う。玄関のサンダルだ。いったい何をしようと思って、玄関から裏まで来たのだったか? そうだ。玄関のごみを片づけようとして、箕かごをとりに裏まで回って来たのだった。……そこで再び裏庭にでて箕かごをとって玄関にもどることに。……》
 あれやこれやとパニック状態になって動き回った。すぐに忘れてしまい思いだすことさえできないものになってしまうありふれたこと、記す意味もないつまらないことばかり。

 日頃から文章を書くのは困難でやっかいなことという思いがあって、いつも書き出すことができないでいるのだが、いざ書き出して、思い出しながら逐一記してみると、短時間の中でこんなに沢山のことをしたのだということにわれながら驚く。実に豊富といってもいいほどのことではないか。
 こんなことを記す気になったのは日頃から日常の自分の心の動きや行動の実態を確かめて見たいという気があるためだ。

 いつか、〈片づけられない女〉として悩んでいる女性が書いた手記を読んで面白いと思ったことがあった。彼女はかなり重症で専門医にかかっていて、「注意欠陥障害」(ADD)という立派な病名をもらっていた。〈片付けられない症候群〉。それを読んだとき、僕は、なるほど自分の場合ととても似ている、これは病気なのか、と大変興味をおぼえた。自分をそういう視点から観察してみようと思うようにもなったのだった。
(つづく)

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# by mozar | 2016-10-12 01:50 | 小説作品 | Comments(0)

アイ・ドゥ・ノット・ドゥ

アイ・ドゥ・ノット・ドゥ

(いつか○○中学校創立何十周年の記念誌用に、記事を頼まれたことがあった。もうずいぶん昔のことながら、このたび書類を整理していたら、その記事が出てきたので転載する。)

《小学時代よく遊び、クラスもずっといっしょだったT君と、中学になって別のクラスになった。建物も別棟だった。
 1年生のときの私たちの学級担任は英語の〈黒パン〉ことN先生で、T君たちの学級担任は同じく英語の〈赤オニ〉ことK先生だった。
(いつの時代にも生徒たちは「なるほど」とうなずかせるようなあだ名を先生につける名手のようである。)
 自転車を並べて学校から帰るときなどに、T君はよく私に、半ばおかしそうに半ば自慢げに〈赤オニ〉のことを話した。私も負けじと〈黒パン〉の話をした。
 今はもうT君と交わした言葉の一つ一つをみんな忘れてしまったが、ただひとつ、T君が〈赤オニ〉ことK先生の口まねで何度も繰り返していた「アイ・ドゥ・ノット・ドゥ…アイ・ドゥ・ノット・ドゥ…」という言葉だけは妙に記憶に残っている。
 今の時代の子らはどうなのだろうか。私がいたころには、朝の始業前や昼休み時の運動場や校舎の周りは、いろんな遊びをする生徒たちでにぎわった。小学校時代以来の肉ダンとかSダンとかいう体あたり遊びをするもの、なわ跳びをするもの、やわらかいテニスボールでバレーや野球の真似ごとをするもの。クラスの中によく石原裕次郎の歌を口ずさむ連中がいた。
 今考えると、当時若き裕ちゃんの映画が次々と封切られて人気絶頂のときだった。彼らは気の合った同志でふざけたりしゃべったりしながら、「風速40メートル」「明日(あした)は明日の風が吹く」「口笛が流れる港町」などを歌っていた。そんな中に「ひばりのマドロスさん」「港町十三番地」なども混じっていたように思う。
(今の子どもたちがアムロナミエやスマップ、ミスチルといったのに憧れるのと似たことだったのだろう。)
 彼らは〈町の子〉で、何となく私など〈田舎の子〉とはちがった空気を吸っているようでうらやましい気がし、また気後れするところもあったようだった。
 校舎は運動場の東側にあった。木造の建物が2棟平行に並んでいて、その間の中庭に相撲部の土俵が設けられていた。運動場に面した校舎の窓ガラスの多くが壊れたままになっていた。運動場では週に一度「朝会」が開かれた。ある「朝会」で、私が秘かに尊敬していた教頭のM先生が栄転で他校へ変わられると知らされた。教育者としての誠意にあふれたご挨拶の中でM先生は、「今、この学校を去ることは心残りで、〈後ろ髪〉を引かれる思いです」と言われた。
 すると生徒たちのあいだから、厳粛な場にどうかと思われる〈くすくす笑い〉がもれた。
 というのもM先生には後ろ髪があるかどうかも疑わしいところがあったのだ。

 長い間、中学時代のことを思い出すことなく過ぎてきた。

 この機会に中学1年時の文化祭のときの写真を取り出して眺めると、もう自分の記憶から失われたと思っていた当時のクラスメートの顔がみなそれぞれ鮮やかに、かつて目の前に見ていたときのままで蘇ってきて、何かしら懐かしい気がして、とても嬉しい気がした。》



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# by mozar | 2016-08-15 03:05 | 思い出すことなど | Comments(0)

淡路の言葉 「ちょっとま」

 つい最近、歯医者で治療を受けたとき、腕利きの歯科衛生士さん(女性)が
助手のような若い女性に話しかけていたことば。
 
ちょっとま、待っちょってよ」

ちょっとま
 
 昔は自分も使ったかも知れないごくありふれた日常ことば。
 しかし、最近すっかり聞かれなくなったと思う。
 最近では「ちょっとま待って」とはいわずに「ちょっと待って」というだろう。
 少なくとも自分は使わない。家族も使わない。
 子どものころは使ったかもしれない。

 要するに「ちょっとの間」=「少しの間」

という意味で、だれでも了解できるものと思われる。

 発音が独特、「ちょっと」の「」にアクセントがある。

 近年すたれて消えようとしている言葉の1つだろう。

 インターネットで検索してみると、〈但馬(たじま)方言〉が引っかかってきた。
 意味の説明として、〈時間的な「少しの間(ま)」〉とあり(ずぼし淡路島の用法と同じ)、
使用例としてあげられているのが、ちょっとま見なんだら大きいなっとった」

 但馬は、淡路島と同じ兵庫県であるが、北方(裏日本)にある。

 この使用例で、もう一つ興味深いのは、「見なんだら」(見なかったら)という用法。

 この用法は淡路島方言にもある。

 但馬でも使われていたのか?

 但馬も淡路島と同じ兵庫県ながら、南と北とそれなりに離れている。

 「ちょっとま
 「みなんだら

  但馬にも、この言葉があるということは、
  昔は、かなりひろく一般に使われていたものにちがいない。

  たとえば大阪とか京都とかでも?(おそらく?)
  さらに播磨とか四国とか九州とかでも?(ありそうな気がする?)
 
  探してみればけっこう見つかる可能性があるような気がする?
 
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# by mozar | 2016-06-21 01:13 | あわじの言葉 | Comments(0)

見ごとな蘇生――河原の土手のせんだんの木――

 いつも散歩に行く河原の土手のところに、大きなせんだん(栴檀)の古木があります。
 夏には葉が青々と茂っていました。
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 冬になると、葉が落ちて、枯れ枝に実が鈴なりになって、毎日小鳥がきていました。
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 これは昨年(2015年の1月頃)の写真
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 今年の冬はしかし、小鳥の姿がないな、と思いつつ、気が付くと、木の実もまったくなっていない。
 昨年はたしか、木の実も豊富で、小鳥たちでにぎわっていた。
 小鳥の写真をとりたい自分には好都合な場所だったわけだ。

 いつからこんな姿になったのか、4月になっても、いっこうに新葉が出てこない。
 
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 これはおかしい。ほんとうに〈根から〉枯れてしまったのではないか? 
 確かめるために枝を折ってみると、ポキンと簡単に折れた。

 どうして? 枯れる理由など考えられるだろうか?
 
 農薬? それくらいしか頭に浮かばない。

 最近はヘリコプターで田に農薬を散布したりするから、そうした薬剤が古木を枯らせてしまったのだろうか?

 と考えてみても、どうもあまり説得力がある気はしない……

 しかし、どう考えても、このせんだんの大木は蘇る見込みがあるとは思われなかった。
 すぐ横にもう1本、せんだんの古木があったが、そちらのほうも同様に枯れてしまっている模様だ。

 5月初旬のことだったと思う。

 ふとせんだんの木の枝々の先に何かが噴き出しているのに気が付いた。

 しばらくしてまた通りかかったときには、その芽吹きはいよいよ本格的になっていた。
 明らかに蘇生したのだ。
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 6月も半ばを過ぎた今は、色づいた花弁も散って、かつてと同じように青々とした葉が茂る大木の姿が見られるようになった。
 冬にはまた裸の枝に黄色い実をいっぱいつけて、小鳥たちを呼び寄せることになるのだろうか?
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# by mozar | 2016-06-17 22:58 | 田舎の風景、写真 | Comments(0)

国道沿いのマーケット

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 どこかへ観光バスで旅行したときなどに、通りかかった周辺に見かけるような光景ですが、わが家のすぐ近所。
 パソコンのデスクトップ上では、画面が大きいためか〈印象的〉と思って、ブログに掲上してみました。
 ブログでは、思ったより小さくて、印象が薄れる感じ。

 ただ、近ごろは、ごく何でもないありふれた普通の光景、「これがどうしたの?」というような光景に、何かしら〈美〉といってもいいのか?… 「いいなあ」と感じることがよくある。
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# by mozar | 2016-01-28 15:25 | 田舎の風景、写真 | Comments(0)

麦わら帽子

 パソコンのマイピクチャーというファイル内の片隅にこんな写真が残っていた。

 はたして、いつ、どんな思いで、撮ったものだったか?

 記憶が定かではないが……

 思うにおそらく散歩途中に見かけたものを

 何気なくちょっと撮影したものだったのではなかったか?


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# by mozar | 2016-01-18 02:53 | 田舎の風景、写真 | Comments(1)

淡路島の言葉、「こたえな」「~から」「うなう」「かたみに」

淡路島の方言

 ずいぶん昔、淡路島の狛犬」というホームページを揚上していたとき、淡路島の方言なども、いろいろ記事にしていた。

 そう。あのころは、〈Windows95〉がいよいよ普及し始めたころのことだったか?
 我が家でパソコンを初めて買って、間もなくのことだったという記憶がある。

 そのころの記事の1つをそのままこの場所へもってきて貼り付けてみようと思い立った。

1. こたえな、こたえん = 耐えられない、まいる(まいった)
2. ~から  = ~より多く
3. うなう  = になう、肩に荷をかけて持ち上げる(運ぶ)
4. かたみに = 交互に たがいに

         
1. こたえな、こたえん = 耐えられない(まいる、まいった)
 【使用例】「そない重いもんばあ運ばされたら、なんぼ身があってもこたえな」(そんなに重いものばかり運ばされたら、いくら体があっても、耐えられないよ」

  「こたえる」の否定形で、「こたえない」。
   「こたえる」は、「効く、効果がある、悪い効果がある(身体などにこたえる)」という意味ですので、「こたえな」は、一般には(淡路島でも)「こたえない」「いっこうに効き目がない」という意味で使われます。

 が、ここでいう「こたえな」は、「耐えられない」「まいってしまう」という意味あいで使われる場合です。

 辞書には、「こたえる」の意味として、「耐える」「我慢する」「こらえる」がのっています。

 ただし、この意味の「こたえる」は、現在では、「こたえられない」という慣用語以外にはあまり使われないと思います。「こらえる」というのが普通です。)

2. ~から  = ~より以上  ~より多く
  【使用例】 10000円からする。(10000円以上する) 
           そりゃ、10倍からある。(10倍以上ある)
  今日スーパーマーケットでふと耳にした言葉。どうして「から」が「より以上(より多く)」になるのか、わかり ませんが、いかにも淡路人らしい言葉です。

   辞書を見ると、ありました。「から」は起点を表す格助詞ですが、そこから派生したもののようです。

  【辞書】(大辞林)
  〔近世後期以降の用法〕いろいろの語に付いて、それの付いた語句を全体として体言と同じ働きをもつも のにする。
   「以後」「以上」「故(ゆえ)」などの意を表す。
   「10キログラムからの重さ」「こうなったからは一歩もひかない」「向こうに着いてからが心配だ」「僕のやり方がまずかったからのことだ」

3. うなう  = になう。かつぐ(担ぐ)。背負う。
 これは明らかに「担う(になう)」がなまったものでしょう。最近は聞く機会がまれになりましたが、我々の親世代には、淡路でごく普通に使われいた言葉です。
 【使用例】 「米俵をうなうのはえらい」=「米俵をになう(かつぐ)のはしんどい」
 「うなう」と発音するものの、意味は明らかに「担う」です。
 辞書(大辞林)で「うなう」をひくと、「田畑を耕し畝(うね)を作る。耕す」とありました。
 しかし、これは淡路島で使われる「うなう」とは別のような気がします。

4. ★かたみに = 交互に たがいに
  このことばについては、「あおげばとうとし」の歌詞を思い出す人が多いでしょう。
  と記しながら、インターネットでその歌を検索すると、「2番」の歌詞の出だしが「互いに睦みし、日頃の恩」
  となっていて、 「かたみに」というのは引っかかってきませんでした。
 
  それで、考えてみるに 「かたみにがでてくるのは、は、「蛍の光」でした。

    「蛍の光」

   1 蛍の光 窓の雪
     書(ふみ)よむ月日 重ねつつ
     いつしか年も すぎの戸を
     あけてぞ今朝は 別れゆく

   2 とまるも行くも 限りとて
     かたみに思う ちよろずの
      心のはしを ひとことに
      さきくとばかり 歌うなり

    「かたみに思う」……つまり「互いに思いあう」という意味です。

  これは文語的な古い言葉です。現代では書き言葉にも話し言葉にも、ほとんど登場しなくなっています。
 その古い言葉が、つい最近まで淡路島でごく普通の日常語として使われていました。(もちろん淡路島だけではないでしょう。)

 「一つしかないよってに、かたみに使おう」(交互に使おう)
 「新しい服と古い服をかたみに着る」(順次交互に着る)

 
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# by mozar | 2016-01-13 23:26 | あわじの言葉 | Comments(0)

山頂の道 

 先山(せんざん)、山頂の道。手前のほうに駐車する場所がある。

 樹木の枝葉の間から光がもれて、路面に模様を作る。

 向こうに見えるのは、西の茶屋。
 そのさらに向こう側には東の茶屋もあったが、ずいぶん前から閉店状態。

 かつては登ってきた道によって、東か西の茶屋に入ったもの。
 歩いて登る人が減ったこともあって、駐車場がある側の西の茶屋が生き残った形。

 茶屋から左へ石段が続く。長い急な石段を3つ上って山上の寺に着く。
 この石段もいまは上るのがきついと感じられる。

 今日この時刻に自分がとおりかかり、この影を目にして何かしらの感慨を抱いて去って行く。
 言葉にできたならそれなりに形をなすかもしれない、けれどもその言葉は具体的に浮かんでこない。……

 そんな一瞬を何かの形で残したいような気がして、写真をとった。
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 上内膳の自宅近くから見た先山。
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# by mozar | 2016-01-10 21:30 | 田舎の風景、写真 | Comments(0)

毎度散歩する河原の土手の大木

 長らくご無沙汰していますので…………

 何か1つ掲上しておこうかと思い立ちまして…………

 実のところ、老後の悠々自適生活、自分のつもりでは、創作活動に存分に時間を割いて……などと、夢想していたのですが……

 町内会長の役が回ってきて、任期は2年、逃げられるものなら逃げたいが、逃げるにはそれなりに理由が……
 
 しようがなく引き受ける。

  いよいよ、2年の任期の終わりが近づいたとき、重大で深刻な問題に気づくことに。

  田舎で町内会長役といえば、無事何事もなく過ぎて任期を終えることができれば、
  もう二度とやりたくない、というのが相場。
  ところが、任期を無事終えるためには、次の会長役、会計役を決めなければならない。
  その次の役員の候補がいまちょうど空白状態で、いま数年すれば次々とあるのだが、
仕事が現役バリバリの人に頼むしかない。あちこち心得のある人に頼みにいっても、みなはっきりと激しく拒絶される。
  最悪の場合、自分がもう1期(2年)町内会長を引き受けるしかないかと。

  けれども、それはもううんざりなのである。……

  できることならば(できないことでも)、こんな役割はできるかぎりおさらばさせてほしい……
  

  2年間とはいえ、いろいろやっかいな問題が持ち込まれて、問題解決力など皆目ない自分のようなモノにも、人は普通のように問題をもってくる。

  たとえば近所の河原の古びた橋の強度が大丈夫かとか。(→思い悩んだあげく市の当局に事情を話して、それなりに落ち着き先を見いだす。)

  あるいは、近年大型化する台風などで河原の堤防があふれて家が流される不安がとてもある、堤防の補強工事を当局に要望して欲しいとか。場合によっては、市や県の議会議員にも、働きかけることもとか。
(これは訴える当人がいささか神経症的・精神病的という印象もある人物なのだったが、無視もできないので、当局へ訴えにいく。結果どうなったかは何ともいえない。ちょっと無理かと自分ながらも思うところあり。)

  まあ。いいか。今回はただ過去にパソコン内に蓄積した画像を、掲上しようかと、軽く考えて、ここまできたのだった。

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 これはいつも散歩にいく(たいてい犬の散歩)途中の河原の土手のかなり古いと思われる大木。

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# by mozar | 2016-01-09 01:13 | 田舎の風景、写真 | Comments(0)

サギか、ツルの仲間か?

 サギか、ツルの仲間か?

 写真で見ただけでは、みごと。

 ツルのようにさえも見える。しかし、実態はまず「サギ」の類だろう。

 サギでも、調べれば調べるほどいろいろ種類があって……

 一般的には白鷺ということろだろうが、シラサギってのは、白色のいろいろのサギ類の総称らしい。

 日常そのあたりでよく見かけるのは、「アオサギ」

 羽の色が青っぽい。

 これなどが典型だろうか?


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# by mozar | 2015-12-29 23:31 | 野草・野鳥の名前を知りたい | Comments(0)

淡路島の先山――紅葉模様――

 この写真はかなり紅葉していますね。
 ここまで紅葉することがあるのかと自分としては(感覚的に)ちょっと驚き。

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# by mozar | 2015-12-28 01:35 | 田舎の風景、写真 | Comments(0)